プロフィール

森嶋トモミのプロフィール

当ブログ管理人「森嶋トモミ」の詳細プロフィールです。
ブログにかける想いなども書かせていただいています。

生い立ち→フツーすぎる学生時代

森嶋トモミ -もりしま ともみ-
1972年8月17日生まれ。しし座・AB型・左利き。

茨城県で生まれ、高校卒業までを茨城県北の常陸大宮市(旧・緒川村)で過ごします。

大学入学と同時に上京。特に大学に行きたかったわけでもなくて、ただ都会に出たくて。
ギリギリ引っかかった三流大学。大学卒業後の目標も何もなくて
地元に戻って、適当に就職して結婚すればいいかぁぐらいしか考えてなかったんです。
(お父さん、お母さん!ゴメンナサイ!)

ところが超氷河期で、大学卒業間際になっても就職先は決まらず…
そんな時代だから、地元の茨城なんてなおさら就職先なんてなくて。

もう、フリーターしかないかぁ…
そう思ってあきらめてたところに、バイト先の店長が取引先に押し込んでくれて
なんとか正社員として就職。

 

振り回されっぱなし、悶々20代

実は、大学では家政学部で服飾を専攻してて。
それも、そんなに入りたかった訳ではなかったから
大学は、サボりまくりだったんだけど…

でもその流れで、洋服屋さんで販売のアルバイトをしてて
就職先は麻布にある小さなアパレル会社。

一応ねぇ、、、
新社会人として、少しは希望を胸に入社したんですよ~。
しかし、入社して半年。
会社の業績は傾きはじめ、取引先に出向させられ
早くも転職活動に励むことに。
私が転職した後に、すぐに倒産してしまいした…( ゚Д゚)

なんとか、アパレルメーカーに転職できたものの
2社目も3社目も、1社目と同じような流れに。
あの頃、アパレルは本当に厳しかったですねぇ。
2社目も3社目も、倒産しました。

さすがに、アパレルには見切りをつけて
安定を求めお堅い製薬関係の会社に転職した20代半ば。

これがですねぇ…
安定はしてるけど、仕事がつまらなくってねぇ。
まさに、お気楽OLって感じ。
やる気出なくって…。

会社からの評価は高かったので
希望の部署に異動させてもらったりもしたんだけど
どこの部署にいっても大差なく。

なんとなく流されて、アパレルに就職して不況のあおりで転職して…
このまま30歳を迎えていいのかなぁって。

お気楽OLとして、悶々とした日々を過ごす中
「これからはインターネットの時代が到来する!」
という言葉を聞くようになり

これって、時代の先取り?オモシロそう!と
興味を持ち始めたタイミングに
会社から補助金が出るとのことで
ホームページ制作のスクールに通いはじめたんです。

まさか、それが運命の出会いになるとは!?
ホームページ制作にまんまとハマった私は
そのままWeb業界へ飛び込んでいったんです。

まさに、時代の最先端!
仕事は引く手あまた。
収入も倍増。

どこの会社も「ホームページを作らなきゃ!」という状況の中
人材が不足していたので、入ったばかりの私でも
大手企業のサイトなど数多く担当させていただき
私の人生の中で、まさにバブル期だったなぁ。

 

 

まさかの激動の30代…

とにかく忙しかったけど、
刺激的で、目まぐるしい変化を楽しんでいたアラサー時代。
深夜まで仕事して、毎晩飲んで
休日は疲れて、ひたすら寝るみたいな毎日でした。

あんまり忙しすぎて、結婚はどんどん遠のいて…(笑)
親も半分あきらめて、うるさく言わなくなってきた頃に
友人の紹介で知り合った、今のダンナさんと
35歳で結婚。

両親が共働き家庭で育ったダンナさんは
ワーカーホリックの私に対しても
ありがたいことに、まったく干渉せず。

第一子、出産直前まで
Webディレクターとしての仕事に
ひたすら明け暮れる毎日。
当然、出産後もすぐに復帰して、
この仕事を続けていくことを疑う余地もなかった。
今思えば、ナメてました子育て、、、

さらに追い打ちをかけたのが…
産後2か月のこと。

娘と帰省先の実家の茨城で
東日本大震災に被災しまして。
震度6強でした。
もちろん、今まで体験したことのない揺れ。

娘を抱いて、外に飛び出したほうがいいのかどうか一瞬迷って…
近くにあった薄型テレビが吹っ飛びました。
地震の直後から、1週間停電と断水。

なんとかサバイバル子育て生活を乗り切ったものの
心身へのダメージは、自分が思ってた以上でした。
まったく想像もしてなかったことに!?

なんとですねぇ…

この震災をきっかけに、
産後うつ・パニック障害
なってしまったのです(>_<)

これには、家族もですが、私自身もビックリでした!
まさか自分が…、と。

お陰様で、原因がはっきりしていたのと
良い医師とめぐり会うことができ、
すぐに症状は良くなったものの
心は病み上がり状態で仕事復帰するには
やはり不安があり。
東京の自宅と実家の茨城を行ったり来たり。
出口の見えないトンネルに迷いこんでいました。

そんな中でも、Webのスキルがあったお陰で
以前一緒にお仕事させていただいた方から
在宅でできるお仕事をいただくことができたんです。

小さい子がいても、家に居ながらにして収入を得ることができる!
ネット環境さえあれば、東京でも茨城でも仕事ができる。
ノマドワーカーの可能性を垣間見ることができました。

そして、この仕事によって外の世界とつながり、
人の役に立つことができると感じることができたのです。
それは、病気になって自分は弱い人間なんだと
思い込んでいた私にとって、
自信を取り戻していくきっかけになりました。

 

四十超えても、IT女子は強し!

派遣のWebディレクターとして本格的に仕事復帰してみると
同じ部署の事務の派遣の方とは、
300円以上の時給の差があったこともあります。

私の時給は上がる一方で、最終的には700円の差になり
これって、月のお給料にすると10万円の差が出ちゃうんです。

さらに、その後…
40超えた子持ちでも、正社員として働けることになったのも
Webスキルのお陰といっても過言ではありません。
私ってば、先見の明があったと自分自身を褒めたいくらい!

現時点の私ですら、そういったIT格差を強く実感しています。

2017年4月、娘の小学校入学と同時に私の地元・茨城の山奥に
私と娘だけが移住しました。
勤務先の会社は東京。
主人と家も東京に残して、円満別居婚中です。
Webスキルがあって、経済的に自立している私だからできる
デュアルライフ(二地域居住)。
田舎で子育ての夢を叶えました!

あなたは、
この先、2020年には約37万人のIT人材不足と言われ、
2030年にはさらにその2倍強の約79万人に増加すると言われていることは
ご存知ですか?

国も動き出しています。
2020年には、いよいよ
小学校でプログラミング教育が必修化されることが決定しました。

つまり、
ITスキルがあることが、これからの時代
有利であるということは言うまでありません!
だから、私はもちろん
8歳の娘を小学校入学前のからプログラミング教室に通わせています。

でも、これって子ども達だけでいいのかなぁって
思うんです。

これからの時代、
ITスキルが必要なことは分かっている。
子どもには、積極的にパソコンやインターネットを
覚えてほしいと思っているお母さん達が増えているのに
自分自身は、ITが苦手で
将来なくなるであろう職業に就いている方が多い!

 

お母さんたち、いつまでも情報弱者でいる訳にはいきませんよ!

ITスキルを身につけることは
決して、特別なことでも
難しいことでもありません。

ハードルを上げているは、ご自分自身なんですよ。

私が、ホームページ制作を覚えた頃より
はるかに簡単にWebスキルを身につけることが
可能になっています。

時間や場所に縛られない自由。
地方に移り住んでもこれまで同様に仕事ができ、
子供を田舎で育てたいという夢を叶える選択ができる。

そんな風に自分の未来を軽やかに選択できる
女性が増えていってほしいと思っています。

ITスキルは、確実にその手助けになるはずです。

では、実際に
どうやってITスキルを身につけていったらいいのか?

現役Webディレクターとして働く私が
ITが苦手なお母さんたちでも
簡単に取り組めることから
お伝えしていきます!

これからの時代に不可欠となるITスキルを身に付け、
未来を選択できる武器として活かせるように
今から準備していきましょう!